97. ひきこもり2

【もう一度ひきこもり】
 これまで、ひきこもりの本体は、心のエネルギーの消耗にあると考え、心のエネルギーを膨らますことを念頭においた診療を行ってきました。

【K君の話】
 K君の話。朝、眠たい目をこすりながら起きて、満員電車にゆられ登校する。退屈な授業とうるさい校則。友達との雑談が、多少の気晴らしにはなるものの、虚無感を抱きつつ帰路に着く。
 夜は夜で、週2回は塾に通う。疲れ果て、ベッドに横になり音楽に耳を傾けていると、突然、母親が現れて、「部屋の外まで音がうるさいわよ。たまには、勉強でもしたらどうなの」
 これでは切れるしかない、「うるせぇくそばばぁ」と切れてみても、かえって虚しさが深まるばかり。

【ある朝】
 学校の成績は落ちる一方。将来、何を目指すべきか、自分にどんな適性があるのか、果ては、何のために勉強をするのかさえ、疑問に思う。
 こんなありふれた毎日を送っていたある朝、身動きが取れない自分に気づく。
 ようやくのことで、ベッドから起き上がり、制服に着替えても、今度は、玄関から足が外にでない。
 無理に外へ出ようとすると、得体の知れぬ不安が心の中に広がり、行動を押しとどめる。

【よくはなったが】
 よくある型の不登校、ひきこもりの始まり。
 達成感のない毎日、親や先生による抑圧というストレス、自分の能力や将来に対する不安からくるストレスなどが原因となり、心のエネルギーは消耗し、自由な行動が制限されてしまったのです。
 その消耗したエネルギーを充填するための工夫によって、K君も登校するまでに回復しましたが、なぜか残る、これでいいのか?という思い。

【精神科医の提言】
 ある精神科医の提言。
 ひきこもりは、心身が子どもから大人へ変化する過程で必要な、自分自身を、他人を、そして社会を見つめ直すための「立ち止まり」とはいえないか?というもの。
 大人への態勢を整える時間と考えれば、人により長短はあっても、臆せずにひきこもることができる。自らを責めず、自らを傷つけないひきこもり方を探すべきなのかもしれない。
「いいのだよ、正しくひきこもっていれば」というような。
次回は「おなら」

「東葛まいにち」掲載記事より
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