30. 思春期と進路

【見えない進路】
 私たちは,どこまで自分の予想通りの人生を送れるのでしょうか?この命題に悩まされる時期の一つが思春期です.
 中学でも,高校でも,進路指導,三者面談などと称して,子供の方向づけを求めてきます.学校の立場としては,方向づけがないことには教育方針も立てられない,という主張なのでしょうが,両親も子供もどうしたものかと迷います.
「あなた本当にどうするの?」
 問いかけられた子供に答えなどありません.
 ある運動能力に秀でているとか,何か特別な芸術的才能に恵まれているとか,特殊な場合を除いて,自分の将来が何にむいているかなど,分かろうはずもないのです.
 自分の進路に迷う子供,それに介入する親.親の期待,思惑まで入り込んでしまっては,最悪の構図です.

【進路と迷路】
 こんな問題をきっかけに,精神的迷路に入り込む子供たちがいます.
 前回「思春期と無気力」で登場したA君もその一人.
 突然の無気力に襲われた中学3年生のA君について,「...進路のことで迷ってはいたが,それほど悩んでいるようには見えなかった,と母親.」と書きましたが,A君の話とは食い違っていました.
 成績のトップクラスを守ることがつらかったこと,親を含めみんなの期待に沿うため自分を抑えてきたこと,受験する高校について親と意見がわかれ,どうしていいか分らなくなったことなどを,しばらくしてから話してくれました.
 学校の先生であるご両親は,教育の現場にいる分,将来が先見えし,陰に陽にA君を方向づけしていたのでしょう.

【進路の決め方】
 たまたま出会った,我国トップともいえるT大学卒の研究者3人に,なぜその道を選んだか,尋ねたことがあります.凡人の頭を遥かに超えるであろう人々が,何を根拠に進路を決めたのか,の好奇心からでした.
 答えは,3人が3人「理系の科目の成績がよかったから」という平凡なものでした.
 進路の決定など,結局そんなものだと思うのです.

【十分な選択権】
 進路には,多分に偶発的,運勢的要素が含まれています.不確定な分,自ら決めておけば,後悔はしても,他の人を責め,悔やむことはありません.
 子供には自由で,十分な選択権を与えておきたいものです.
 次回は,
起立性調節障害

「東葛まいにち」平成11年1月23日号掲載記事より
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